『無人島に生きる十六人』 ~須川邦彦~ [「フリー」]
大嵐で船が難破し、僕らは無人島に流れついた!
明治31年、帆船・龍睡丸は太平洋上で座礁し、脱出した16人を乗せたボートは、
珊瑚礁のちっちゃな島に漂着した。
飲み水や火の確保、見張り櫓や海亀牧場作り、海鳥やあざらしとの交流など、
助け合い、日々工夫する日本男児たちは、再び祖国の土を踏むことができるのだろうか?
名作『十五少年漂流記』に勝る、感動の冒険実話。
<著者ご紹介>
須川邦彦(すがわ くにひこ)
1880年(明治13年)東京生まれ。
商船学校航海科卒後、大阪商船に勤務。
また、日露戦争に従軍し、水雷敷設隊として奮戦。
第一次大戦では敵艦の出没する洋上に敢然、船長として乗り出し、
日本海員魂を発揮した。その後、商船学校教授を経て、
東京商船学校校長、海洋文化協会常務理事を歴任。
1949(昭和24)年死去。
著書に『船は生きてる』『象の話』『無人島に生きる十六人』
<この本との出会い>
斉藤ひとりさんの『微差力』でお勧め本として紹介されておりました。
<本の構成>
まえがき
本文
あとがき 椎名誠
ページ数 258ページ
読書時間 4時間
<本文からのご紹介>
まえがき
日本は海の国であるのに、海国日本の少年たちの心に、海の息吹をほんとうにふきこむ
読物のないのを、私はながいあいだ気にしていました。
ところが、昭和16年10月から、少年クラブに、須川君の書いた私の無人島生活の話が、
13か月つづけてのせられました。私は、毎月まちかねて読みましたが、読んでいるうちに、
私は物語の中にすっかり引き込まれ、40年の昔にかえって、無人島生活をしているのだと
思うことが、いくどもありました。
私たちが無人島で難船したときは、日本の海の男として、あたりまえのことをしたのでしたが、
須川君は、日本の作家に欠けている海の男としての体験があり、船長として大海原をじぶんの海の
ように航海して、海と船とをよく知っているので、たっしゃな筆で、興味深い読物に書かれたのです。
この物語を読んで、私は龍睡丸の15人の人たちは、ほんとうにりっぱな人たちであったと、
つくづく昔のことを思いうかべるのです。そして、昔、練習船帆船琴ノ緒丸の実習生時代の
須川君のことも、思い出されます。
だが、16人の無人島生活をした人々で、今日生き残っているのは、私のほかにはほとんどいないことを
考えると、まことに心がさびしくなります。そしてこの物語の本こそ、今はこの世にいない同志の人
たちには何よりの供養となり、また次の時代を引きつぐべき少年諸君のために、りっぱな贈り物が
できたと私は信じるのです。
こういうわけで、昔、練習船時代に私が教えた学生の一人であった須川君が、私の昔話をよくおぼえて
いて、それを一つの物語に書いて、さらにこんどは一冊の本として出版されたことを、
私は心からうれしく思います。
中川倉吉
斉藤ひとりさんのお勧めということで読んでみましたが、とても爽快感がある本です。
明治31年のことなのですが、実話というのが凄いですよね~。
しかもとてもみんなが前向きでそれでいて男気がある。まさに日本男児ですね。
まえがきを書かれた中川さんは、この本の主役と思われる龍睡丸の船長で、
この本はその中川さんの話を須川さんがまとめた冒険実話なのです。
船が難破し、無人島に流れ着いた翌朝、中川船長が運転士と漁業長、水夫長の3人をそっと
起こし朝日に向かって今後の決心を打ち明ける箇所があるのですが、そこがとても素敵なんですよね。
人間として忘れてはいけない、とても大切な事をあらためて感じさせられた気がします。
また、無人島の画像をはりましたが、このイラストはカミガキヒロフミさんという方の挿絵なのですが、
この挿絵がとても素晴らしく、この本の読みやすさに一役を担っていると思います。
何と言っても海の男や昔の日本男児の生きざまを通して、男として人間として生きるということの
大切な事を教えてくれる作品だと思います。
明治31年、帆船・龍睡丸は太平洋上で座礁し、脱出した16人を乗せたボートは、
珊瑚礁のちっちゃな島に漂着した。
飲み水や火の確保、見張り櫓や海亀牧場作り、海鳥やあざらしとの交流など、
助け合い、日々工夫する日本男児たちは、再び祖国の土を踏むことができるのだろうか?
名作『十五少年漂流記』に勝る、感動の冒険実話。
<著者ご紹介>
須川邦彦(すがわ くにひこ)
1880年(明治13年)東京生まれ。
商船学校航海科卒後、大阪商船に勤務。
また、日露戦争に従軍し、水雷敷設隊として奮戦。
第一次大戦では敵艦の出没する洋上に敢然、船長として乗り出し、
日本海員魂を発揮した。その後、商船学校教授を経て、
東京商船学校校長、海洋文化協会常務理事を歴任。
1949(昭和24)年死去。
著書に『船は生きてる』『象の話』『無人島に生きる十六人』
<この本との出会い>
斉藤ひとりさんの『微差力』でお勧め本として紹介されておりました。
<本の構成>
まえがき
本文
あとがき 椎名誠
ページ数 258ページ
読書時間 4時間
<本文からのご紹介>
まえがき
日本は海の国であるのに、海国日本の少年たちの心に、海の息吹をほんとうにふきこむ
読物のないのを、私はながいあいだ気にしていました。
ところが、昭和16年10月から、少年クラブに、須川君の書いた私の無人島生活の話が、
13か月つづけてのせられました。私は、毎月まちかねて読みましたが、読んでいるうちに、
私は物語の中にすっかり引き込まれ、40年の昔にかえって、無人島生活をしているのだと
思うことが、いくどもありました。
私たちが無人島で難船したときは、日本の海の男として、あたりまえのことをしたのでしたが、
須川君は、日本の作家に欠けている海の男としての体験があり、船長として大海原をじぶんの海の
ように航海して、海と船とをよく知っているので、たっしゃな筆で、興味深い読物に書かれたのです。
この物語を読んで、私は龍睡丸の15人の人たちは、ほんとうにりっぱな人たちであったと、
つくづく昔のことを思いうかべるのです。そして、昔、練習船帆船琴ノ緒丸の実習生時代の
須川君のことも、思い出されます。
だが、16人の無人島生活をした人々で、今日生き残っているのは、私のほかにはほとんどいないことを
考えると、まことに心がさびしくなります。そしてこの物語の本こそ、今はこの世にいない同志の人
たちには何よりの供養となり、また次の時代を引きつぐべき少年諸君のために、りっぱな贈り物が
できたと私は信じるのです。
こういうわけで、昔、練習船時代に私が教えた学生の一人であった須川君が、私の昔話をよくおぼえて
いて、それを一つの物語に書いて、さらにこんどは一冊の本として出版されたことを、
私は心からうれしく思います。
中川倉吉
斉藤ひとりさんのお勧めということで読んでみましたが、とても爽快感がある本です。
明治31年のことなのですが、実話というのが凄いですよね~。
しかもとてもみんなが前向きでそれでいて男気がある。まさに日本男児ですね。
まえがきを書かれた中川さんは、この本の主役と思われる龍睡丸の船長で、
この本はその中川さんの話を須川さんがまとめた冒険実話なのです。
船が難破し、無人島に流れ着いた翌朝、中川船長が運転士と漁業長、水夫長の3人をそっと
起こし朝日に向かって今後の決心を打ち明ける箇所があるのですが、そこがとても素敵なんですよね。
人間として忘れてはいけない、とても大切な事をあらためて感じさせられた気がします。
また、無人島の画像をはりましたが、このイラストはカミガキヒロフミさんという方の挿絵なのですが、
この挿絵がとても素晴らしく、この本の読みやすさに一役を担っていると思います。
何と言っても海の男や昔の日本男児の生きざまを通して、男として人間として生きるということの
大切な事を教えてくれる作品だと思います。
タグ:斎藤ひとりさんのおすすめ
最近読みましたが素晴らしい内容でした。
by ぺん獣 (2011-02-14 12:03)
ぺん獣さん
コメントありがとうございます^^
この本たしかに素晴らしい内容ですよね~。
こんな本に出会えるのは読書家のだいご味ですね。
by RONRON (2011-02-18 23:59)